うつくしき場所
昨日、雨の中、北鎌倉の東慶寺に行ってきた。
江戸時代は、唯一の縁切寺として有名だった寺。
時に歯を食いしばりながら
涙をこらえながら空を見上げる、そういう尼僧を想像してしまう、
そういう探索になると思っていた。
雨の東慶寺は、ただひたすら美しかった。
うっそうと茂った木々
さーっと雨の音は少し強めだけれど、木々にさえぎられて雨は来ない
しっとりとした苔
枯れた門構
最後の最後を迎え、僅かにのこる金木犀の香り
名前も知らない小さな美しき草花たち
いつの間にか、庭を抜けて墓に入り込んでいた。
奥に行こうか、帰ろうか思案していたところ
墓守の壮年の男性に声をかけられた。
「時間があるなら、もっと見ていって」
始めは得体のしれない墓守に警戒心を抱いていたが
足利尊氏と自分の息子に裏切られた後醍醐天皇が皇女をこの寺にかくまった話
憎き豊臣家の殲滅に動きながらも、千姫の娘である最愛の孫娘をこの寺にかくまった徳川家康
岩波新書の創業者の墓、親友同士3人で隣に並んで眠っているという。家族以上に、そんな繋がりの強い関係があるのか
10年以上をかけてヨーロッパから印度まで世界中を飛び回った、この寺の中興の祖。
その人柄に集まってきた夏目漱石などの文化人の話。
学徒出陣した東大生の塚に、今でも毎年集まる元東大生の老人達の話。
1000年の文字上の歴史が、突然輪郭を帯びて一気に浮き上がってきた。
さーっと音だけ聞こえる雨。
別れ際には、いつでも会えるのか、聞いてしまった。
美しい。
何もかもが美しかった。
この寺は、押しつぶされそうになる尼僧が空を見上げて
涙をこらえる場所ではなかった。
なにもかも、やさしくそっと、抱きしめてくれる場所だった。